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アンドレーエフ作
二葉亭譯
血笑記
[Pg 1]
血笑記
二葉亭譯
(前編、斷篇第一)
…物狂ほしさと怕ろしさとだ。
始て之を感じたのは某街道を引上げる時であつた。もう十時間も歩き續けて、休憇もせず、歩調も緩めず、倒れる者は棄てゝ行く。敵は密集團となつて追擊して來るのだ。今附けた足跡も三四時間の後には敵の足跡に踏消されて了はう。暑かつ[Pg 2]た。何度であつたか、四十度、五十度、或は其以上であつたかも知れんが、唯もう不斷に蕩々と底も知れぬ暑さで、いつ涼しくなる目的もない。太陽は大きく、火の燃ゆるやうに、怕ろしげで、或は大地に近寄つて、用捨のない火氣に引包み、燒盡さむとするのかと危ぶまれた。眼を開いてゐられゝばこそ。小さく、窄んだ、罌粟粒程の瞳孔が閉ぢた眼瞼の下に蔭を求めても、蔭はなく、日は薄皮を透して、血紅色の光線を疲れ切つた腦中へ送る。けれども、流石に目[Pg 3]を閉ぢてゐれば樂なので、私は長い間、事に寄ると何時間といふ間、目を閉ぢて、前後左右 ...
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